白い書類とハンコが並ぶ机の前で、うつむく青年の姿があった。
「企業理念は考えました。市場調査もしました。でも、いざ会社を立ち上げようとすると、想像以上に不安で…」
その声には迷いがにじんでいた。
私は20年以上、起業の現場を取材してきた。
バブル崩壊後の厳しい経済環境の中で踏み出した人々、リーマンショックの逆風に立ち向かった起業家たち、そして今、コロナ禍を経た新しい時代に挑戦しようとする人々—。
彼らの表情、言葉、そして時に言葉にできない想いに触れてきた。
この記事では、多くの創業支援の現場で見てきた「設立時のリアル」をお伝えしたい。
登記申請や資金調達といった表面的な手続きの向こう側にある、本当に必要なものとは何か。
あなたがもし起業を考えているなら、この記事が一歩を踏み出すための道標になれば幸いだ。
目次
なぜ今、「創業支援の現場」に注目するのか
支援機関と起業家をつなぐ最前線とは
「相談に来るのは、すでに覚悟を決めた人だけではありません。むしろ、まだ半分は迷っている方が多い。その背中を押すのが私たちの役目なんです」
ある地方の創業支援センターで相談員を務める鈴木さん(仮名)はそう語る。
創業支援の現場は、起業という大海に漕ぎ出そうとする人々と、その航海を支える支援者たちが出会う最前線だ。
ここでは、ビジネスプランの精査や資金調達のアドバイスといった技術的な支援だけでなく、起業家としての心構えや地域とのつながりの作り方など、数字には表れない部分での対話が日々行われている。
最近の統計によると、2022年時点での29歳以下の起業者数は11.3万人と、2012年の7.6万人と比較して約1.5倍に増加している。
起業への関心は確実に高まっているが、その一方で開業率は諸外国と比較するとまだ低い水準にとどまっている。
制度の充実と現場のギャップ
「制度は年々充実していますが、それを知らない、あるいは活用できていない起業家はまだまだ多いんです」
日本政策金融公庫の融資担当者は肩を落とす。
確かに、創業支援のための制度は充実してきた。
2024年からは日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」が拡充され、自己資金要件が撤廃されるなど、より多くの起業家が融資を受けやすくなっている。
また、各自治体による起業支援金制度も広がりを見せ、最大200万円(補助率2分の1以内)の支援と伴走支援を受けられる地域も増えてきた。
しかし、制度が整備されても、それを効果的に活用できるかどうかは起業家自身の情報収集力や、支援機関とのコミュニケーション能力にかかっている。
私が取材した限り、制度そのものよりも、それを人と人とをつなぐ「現場」の質が成功の鍵を握っているように思える。
コロナ後の起業動向と地域の変化
「コロナ禍で変わったのは、起業の地理的制約が薄れたことです。東京にいなくても、地方にいながら全国、時には世界を相手にビジネスができるという確信が広がった」
群馬県で創業支援を行うNPO代表はそう分析する。
実際、内閣府の調査によれば、2024年1月には地方での起業数が前年比で増加傾向にあることが確認されている。
オンライン会議やリモートワークの普及により、「どこで」起業するかよりも「何を」起業するかに重点が移っているのだ。
また、注目すべきは「ローカル・ゼブラ企業」と呼ばれる、社会課題解決と経済成長の両立を目指す企業の増加だ。
中小企業庁は2024年3月に「地域課題解決事業推進に向けた基本指針」を取りまとめ、こうした企業の創出や育成を支援している。
起業の形が多様化する今だからこそ、その支援の現場から見えてくるものに価値がある。
設立時に求められる「覚悟」と「責任」
「紙とハンコ」では動かない、心の準備
「会社設立は、紙とハンコだけではできない。人の覚悟と責任が、そこに宿るんです」
これは私が長年取材を続けてきて、最も心に残っている言葉の一つだ。
創業支援機関で何百人もの起業家と向き合ってきたベテランコンサルタントの言葉である。
法務局への登記申請、銀行口座の開設、税務署への届出—。
確かに起業の手続きは、一連の「紙とハンコ」の作業に見える。
会社設立を神戸で検討している方は、専門家のサポートを受けることで手続きの負担を軽減できます。
しかし、その書類に命を吹き込むのは、起業家自身の内面にある「覚悟」なのです。
覚悟とは、単なる決意ではない。
それは、先の見えない不安と向き合う勇気であり、失敗したときにすべての責任を背負う覚悟でもある。
「起業家として成功する人に共通するのは、『人生で起こる全ての事は100%自分の責任だと考えられること』です」
ある起業支援の専門家はこう指摘する。
これは「内部要因思考」と呼ばれる特性で、外部環境や運不運ではなく、自分自身に原因を求める姿勢だ。
その姿勢があってこそ、困難な状況でも打開策を見出す力が生まれる。
水野が出会った”迷いながら起業した人々”
「最初から自信満々だった起業家なんて、ほとんど見たことがありません」
長野県の山間部で木工品の製造販売を手がける佐藤さん(43歳)は笑いながらそう語った。
彼は東京の広告代理店を辞め、妻の故郷である長野県に移住して起業した。
当初は地元の協力も得られず、事業計画も二転三転した。
「毎晩、明日をどう生きるか考えていました。でも、その迷いの期間があったからこそ、『これしかない』という覚悟が決まったんです」
佐藤さんの工房には今、若い職人志望者が全国から訪れるようになった。
迷いながらも一歩を踏み出した人は、私の取材対象の中にも少なくない。
むしろ、迷わない人のほうが珍しい。
大切なのは、迷いながらも行動し続けることだ。
その過程で、単なる「やりたいこと」が、誰かの役に立つ「やるべきこと」へと昇華していく。
「一人で始める」という選択と孤独
「起業で最も辛いのは、決断の孤独です」
IT企業の創業者は、暗い表情でそう語った。
会社員時代は、意思決定に迷えば上司や同僚に相談できた。
しかし起業すれば、最終的な決断はすべて自分一人の肩にかかる。
データによれば、起業家の74.6%が一人だけで起業し、自宅営業が68.7%という実態がある。
物理的にも精神的にも、孤独との闘いが始まるのだ。
しかし、この孤独に対処する力も、起業家に求められる資質の一つだ。
「孤独を恐れるよりも、孤独だからこそできることを見つけることです」
福岡で女性起業家向けのコミュニティを運営する井上さんはそうアドバイスする。
彼女自身、育児をしながらの起業で深い孤独を味わったという。
「今思えば、その時間があったからこそ、自分の本当にやりたいことと向き合えた。人に流されない芯ができました」
孤独は辛いものだが、同時に自分自身と対話する貴重な機会でもある。
起業支援の現場が語る”本当に必要な準備”
支援担当者が見る「成功する人・しない人」
1. 学ぶ姿勢を持ち続ける人
- 自分の知識不足を認め、常に学び続ける謙虚さがある
- 専門書を読むだけでなく、他の起業家の話に耳を傾ける
- 失敗から学ぶ力がある
2. 現実と向き合える人
- 売上予測を楽観的にせず、厳しい目で見られる
- 計画の甘さを指摘されても反発せず、修正できる
- 成功例だけでなく失敗例からも学べる
3. 周囲を巻き込む力がある人
- 自分のビジョンを他者にわかりやすく伝えられる
- 協力者の立場や事情を理解できる
- 感謝の気持ちを忘れない
私が多くの支援機関で聞いた「成功する起業家の特徴」は、このように整理できる。
反対に、支援担当者が口をそろえて「難しいかも」と感じるのは、「すべて自分でやろうとする人」「批判や指摘に耳を傾けない人」「数字に弱い人」だという。
千葉県の創業支援センターの相談員は言う。
「『自分は特別だから』と思っている人ほど、基本的なことができていないことが多い。特に資金計画や売上予測が非現実的な場合が多いですね」
創業計画よりも大切なものとは
「創業計画書は大切ですが、それ以上に大切なのは、その計画を実行できる人間性です」
関西の大手銀行で創業融資を担当する田中さん(仮名)はそう語る。
田中さんによれば、融資の審査では計画の内容だけでなく、起業家の人間性も重視されるという。
「計画通りにいかないのが起業の常です。その時に、現実を直視し、柔軟に対応できる人かどうかを見ています」
実際、日本政策金融公庫の「新規開業パネル調査」によれば、創業から5年後も事業を継続している企業の多くは、当初の事業計画から軌道修正を行っている。
計画を立てる能力よりも、計画が狂ったときに対応できる柔軟性のほうが、長期的な成功には重要なのだ。
また、事業内容の専門性と同じくらい、経営の基礎知識も重要だ。
「起業家の74%が『経営に関する知識・ノウハウの不足』を創業時の課題として挙げています」と中小企業白書は指摘する。
技術や専門知識があっても、経営の基礎(財務、マーケティング、人事など)がなければ、ビジネスとして成り立たないのだ。
「仲間」と「信頼」の築き方
「能力や志を共にできる仲間を見つけることが、起業成功の近道です」
創業支援の専門家はこう助言する。
ある調査によれば「1人で起業する人は、2人のチームで起業する人たちよりも事業を成功させるのに3.6倍の時間がかかる」という結果もある。
しかし、ただ人数が多ければよいわけではない。
価値観を共有し、互いの能力を補完し合える関係が重要だ。
「信頼関係の構築には時間がかかります。起業前から、一緒に小さなプロジェクトを進めるなど、お互いの仕事の仕方や価値観を確認することをお勧めします」
東京都内のインキュベーション施設のマネージャーはそうアドバイスする。
また、直接の仲間だけでなく、メンターや先輩起業家など、助言をくれる存在も重要だ。
実際に中小企業庁の調査では、「相談できる支援者の存在」が創業時の障壁を乗り越える上で重要な要素として挙げられている。
地方での創業という選択肢
辺境から生まれるアイデアと志
「都会にはない価値が、地方にはある」
そう語るのは、宮城県気仙沼市で水産加工会社を起業した村上さん(35歳)だ。
彼は東京の大手メーカーを辞め、妻の出身地である気仙沼に移住して起業した。
「東京にいたままでは、絶対に気づかなかったニーズがありました。毎日浜に立ち、漁師さんと話し、加工現場に立つ中で見えてきた課題がビジネスになったんです」
村上さんは現在、地元の水産物を活用した新しい加工品を開発し、全国の高級レストランに納入している。
地方には、都会では見落とされがちな資源やニーズが眠っている。
それを掘り起こせるのは、その地に根ざした人だけだ。
最近では、すなば珈琲のように地方ならではの強みを活かして成功する事例も増えている。
同社は2014年当時、鳥取県にスターバックスがなかったことを逆手にとって独自のチェーン展開に成功した。
地方での創業は、競合が少なく、ランニングコストを抑えられるというメリットもある。
地元との関係構築が鍵になる理由
「地方での起業で最も大切なのは、地域の人々との関係づくりです」
島根県江津市でゲストハウス「アサリハウス」を運営する江上さんはそう語る。
彼女は、雑誌で江津市のUIターン移住の特集記事を見たことをきっかけに、市が開催するビジネスプランコンテストに応募し、古民家をゲストハウスとして再生するビジネスを始めた。
「最初は地元の方々も様子見でした。でも、地域の行事に積極的に参加したり、地元の食材や工芸品をゲストハウスで紹介したりするうちに、少しずつ受け入れてもらえるようになりました」
地方では、単独のビジネスとしての成功だけでなく、地域社会の一員として認められることが重要だ。
そのためには、自分の事業が地域にどのような価値をもたらすのかを明確に示し、共感を得る努力が必要になる。
「地元の人を巻き込めるかどうかが、成否を分けます」と江上さんは言う。
水野が見た「人がついてくる起業家」の条件
私が20年の取材で出会った「人がついてくる起業家」には、共通点がある。
それは「自分のためだけでなく、誰かのために行動できる人」だということだ。
長野県の小さな町で、廃校を利用したコワーキングスペースを運営する木村さん(42歳)は、自らの起業で終わらなかった。
彼は地元の若者たちに起業のノウハウを伝え、これまでに10社以上の新しいビジネスを生み出すサポートをしてきた。
「自分がうまくいけばいい、ではなく、皆でよくなろうとする姿勢が大切です」と木村さんは言う。
この言葉には深い真実がある。
特に地方では、一企業の成功よりも、地域全体の活性化につながるビジョンを持つ人に、人々は共感し、力を貸すのだ。
それは単なる利他主義ではなく、持続可能なビジネスを築くための知恵でもある。
取材現場から見えた、失敗と再起のリアル
計画倒れから立ち直ったケーススタディ
「一度目の起業では、見込み客の数を甘く見ていました。営業が下手だったんです」
そう話すのは、ITサービス会社を経営する山田さん(38歳)だ。
彼は6年前、WEBマーケティング会社を立ち上げたが、1年半で廃業。
その後、実家で親の介護をしながら再起を図り、今は安定した経営を実現している。
「失敗から学んだのは、『希望的観測』と『現実』を区別することの大切さです。二度目の起業では、売上予測を半分にし、固定費を極限まで抑えました」
山田さんのケースは特殊ではない。
中小企業白書によれば、成功している経営者の多くが過去に失敗経験を持っている。
彼らに共通するのは、失敗を個人的な敗北ではなく「学びの機会」と捉える姿勢だ。
また、失敗後に支援者のアドバイスを素直に聞く謙虚さも、再起の鍵となっている。
誰もが陥る「支援疲れ」とその乗り越え方
「相談を受けているうちに、だんだん疲れてくるんです。成功例よりも失敗例の方が多いから」
ある支援機関の相談員は、率直にそう打ち明けた。
支援する側にも「支援疲れ」はある。
特に、何度アドバイスしても同じ失敗を繰り返す起業家を見ると、無力感に襲われることもあるという。
しかし、そんな中でも支援を続ける原動力は何かと尋ねると、「それでも成功する人がいるから」と答えが返ってきた。
「100人支援して、本当に成功するのは数人かもしれない。でも、その一人が地域を変える可能性を持っていることを忘れられないんです」
支援する側も、支援される側も、お互いが「人間」であることを忘れないことが大切だ。
完璧な起業家などいない。
迷い、悩み、時に挫折しながらも前に進む。
そんな人間らしい姿に、周囲は共感し、手を差し伸べるのだ。
支援者として見守る”静かな再起動”
「失敗した起業家が再起するとき、最も大切なのは『静かな環境』です」
関東の創業支援機関でカウンセラーを務める中島さんはそう語る。
彼女によれば、再チャレンジする起業家には、華々しい再出発よりも、じっくりと内省し、失敗から学ぶ時間が必要だという。
「最初は『なぜ失敗したのか』を客観的に分析することから始めます。これは一人ではできません。信頼できる第三者の視点が欠かせないんです」
再起を目指す起業家に対して、支援者ができる最大の貢献は「正直なフィードバック」だと中島さんは言う。
甘い言葉で励ますより、現実を直視させ、具体的な改善点を示すことが、真の支援になるのだ。
そして、再起動の際には、前回の失敗を隠すのではなく、むしろそこから得た教訓を強みに変える姿勢が重要だという。
「失敗経験は、他の起業家にはない財産です。それを活かせる人こそ、本当の意味で成長した起業家と言えるでしょう」
まとめ
起業は制度ではなく「人」がつくるもの—。
20年以上にわたる取材を通じて、私はそう確信するようになった。
法務局に提出する書類も、銀行から借りる資金も、すべては「人」が動かすものだ。
だからこそ、起業を志す人に最も必要なのは、制度の知識や資金ではなく、「人としての覚悟と成長」なのだと思う。
支援の現場で見てきたのは、完璧な起業家ではなく、迷いながらも一歩を踏み出し、失敗しても立ち上がり、周囲と共に成長していく人々の姿だった。
彼らに共通するのは、「内部要因思考」と呼ばれる、全てを自分の責任として受け止める姿勢。
そして「学び続ける謙虚さ」。
さらに「人を大切にする心」だ。
起業を考えるあなたへ。
確かに資金も知識も必要だ。
しかし、それ以上に大切なのは、自分自身と向き合う勇気と、周囲の人々と心を通わせる誠実さではないだろうか。
そして、もし今、一歩が踏み出せずにいるなら、覚えておいてほしい。
起業の道は決して一人で歩むものではないということを。
あなたを支える人々がいる。
ただ、その支援を活かせるかどうかは、あなた自身の姿勢次第なのだ。
「会社設立は、紙とハンコだけではできない。人の覚悟と責任が、そこに宿るんです」
この言葉の真意を胸に、あなたの一歩を踏み出してほしい。
最終更新日 2025年4月25日 by iryou